持ち出し荷物のリストを作成しています

先日(2016年8月30日)の第一回目の離婚調停の話し合いでの確認事項として、次回の調停で、申立人(妻)や子ども達の荷物の持ち出しについても話し合うことになっています。

当座必要になる荷物は持ち出しているとはいえ、まだ大量の荷物が残っています。大きなものでは、和洋タンス、本棚、ニッセンあたりで買ったと思われる和ダンス、勉強机、雛人形など。他にも衣類や子ども達の持ち物がたくさん残っています。

先日の調停の時にも荷物の持ち出しについては少し話しをしましたが、申立人は「あれはいる、これはいらない」なんて勝手なことを言っているようです。何の通告も無く勝手に出て行ったくせに随分と自分勝手なことを言うもんだ。人間としての矜持というのは持ちあわせてないのか。「立つ鳥跡を濁さず」という言葉を知らないのか。

自分たちの持ち物なんだから、何を残してきたのか分かっているはずだから、荷物のリストは不要かなとも思いますが、調停の話しをしやすくするために、持ち出すべき荷物のリストを作り始めました。

家の中を見まわって、ワープロの文書にひとつひとつ入力しています。これって相当面倒くさいぞ。

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離婚調停1回目終了

2016年8月30日、離婚調停の1回目がありました。裁判所の中に足を踏み入れることも初めて、離婚調停も初めてということで、これから自分の身に何が待ち受けているのかが分からずに、不安な気持ちを抱えたまま、離婚調停に臨みました。

離婚調停はあくまで話し合いであって、裁判とは違うとはいうものの、申立人(妻)の弁護士と切った貼ったのやり取りをするんじゃないかと思ってドキドキしていましたが、そうではありませんでした。

まず、家庭裁判所の窓口で受付を済ませたら、調停室に案内されます。調停室で暫く待っていると、調停委員2名(男女各1名)が調停室に入ってきます。調停委員は2名とも60代かなぁという感じでした。にこやかな笑顔を浮かべた感じのいい方達でした。

私の母も同行していたのですが、離婚調停は夫婦当人同士の問題ということで、母は同席は許されずに調停室の外で待機することになり、調停委員2名と私の3名で初回の調停が始まりました。

調停委員からは色んなことを聞かれましたが、ポイントは大きく分けて3点に絞られます。1点目は、離婚の意志について。2点目は、子どもの親権について。3点目は、仕事や収入の状況についてです。

私としても離婚の意志が固いこと、申立人が子どもたちの親権を望んでいるのでそれで構わないこと、そして、仕事の内容や収入の状況を大まかに話しをしました。

離婚の意志と親権については争いが無いので、争点は収入の状況に絞られます。私と申立人の収入の状況に応じて、養育費や慰謝料などの話し合いが次回の調停で話し合われます。次回の調停の時に、源泉徴収票や確定申告書など、収入の状況が説明できる資料を2部持参するように、調停委員から指示がありました。

そして、最後に調停委員から言われたことは、あまり激しく争わずに静かに決着するのが望ましいとのこと。私もそう思いますと申し上げて初回の調停が終了しました。

離婚調停というこれまでに経験の無いことをするということで不安な気持ちになっていましたが、少し先が見えてきたことで不安な気持ちは和らぎました。

次回の調停は、2016年10月4日。

回答書を郵送しました

昨日(2016年8月16日)に回答書を家庭裁判所宛に郵送しました。回答書の下書きを母と兄に内容をチェックしてもらったあと、更に内容を細かくチェックしてから清書をしました。

回答書の記入欄が案外小さいので、こちらの言いたいことが全部書けた訳ではありませんが、こちらの主張内容のポイントを外さないように気をつけて書きました。

詳細は調停の場で確認することになるでしょう。

これから最初の調停までは、申立人の過去の言動を整理するのが主な作業になると思います。家庭内のことなので、証拠が無いといえば無いのですが、そこはキチンと情報を整理しておけば証拠として効力を発揮するかもしれません。

ことここに至っては、嫁や子どもといえども完全に私の敵です。いよいよ決戦の場が近づいてきました。

そこまでこの俺が憎いのか?とも思いますが、売られた喧嘩は負ける訳にはいきません。返り討ちにしてくれるわ!!!

回答書の下書きをしています

申立人(妻)からの申立書に対する回答書の下書きをしています。書き損じたらいけないので、回答書の原紙をコピーしたものにシャープペンシルで下書きをしています。

申立人を誹謗中傷するようなことを書くとスムーズな調停の進行を妨げることがあるそうなので、できるだけ感情を交えずに事実中心で書いています。

変なことを書いていないか、あるいは感情的になっていないかを第三者の目で見てもらうために、実家の母と私の兄に下書きをチェックしてもらいました。修正箇所は無いとの意見だったので、あとは清書して家庭裁判所に郵送するだけです。

回答書の作成と同時に、申立人の過去の言動について記憶を頼りに整理して文書にまとめています。

過去1年分の申立人の言動に関しては詳細にノートに書いています。これは調停の場で役に立つかもしれません。

他にも、これまで長年作ってきた弁当のブログや夕ご飯のブログも、申立人の家事放棄を証明するための証拠になるかもしれないので、調停の時に提出するかもしれません。

初回の調停日時が決まりました

これを書いているのは2016年7月25日。2日前の7月23日に家庭裁判所からの分厚い封筒が郵便受けに入っていました。裁判所からの郵便物を受け取るなんて始めてのこと。

『ああ、ついに来たか!』

封筒を開けてみたらやはり調停の呼出状(調停期日通知書)でした。初回調停の日時は、2016年8月30日(火)午後3時30分。場所は某家庭裁判所。

調停の呼出状(調停期日通知書)以外にも、申立人からの申立書、回答書、説明書等が入っていました。

申立書の申立の動機の欄には、まあ勝手なことが書かれています。申立人(妻)がそう言っているということです。

慰謝料を500万円払えだと?

馬鹿かお前!

こっちが慰謝料をもらいたいくらいだ!

とまあ、血圧が上がりかけた自分をなだめる自分がいました。ここで腹を立てても何にもならない。ここは冷静に対応しなければ相手の思うつぼ。

調停なんて経験の無いことなので少しドキドキしますが、キチンと向きあおうと思います。

もはや、妻に対する愛情なんてカケラも残っていませんが、これからの自分の人生を充実したものにするためにも、今回の調停を首尾よく進めたい。

そのためにも情報の整理と理論武装が大切ですね。

こうやってものごとは少しずつ前に向かって進んでいっているようです。心してかかります。

人生の休憩時間

これを書いているのは、2016年6月25日(土)。特にこれといった動きはありません。

妻と子ども達が家を出て行ってから3週間が過ぎました。突然始まったひとり暮らしですが、3週間がたって随分と慣れてきました。

元々数年間のひとり暮らしの経験があって、料理も含めて家の中のことは全部できるので特に何も困ってはいません。家の中もほぼ、妻と子ども達が出て行った時のままです。

しかしながら、3週間もたったことだし、明らかに不要だと思われる物は少しずつ処分していこうと思い、すっかり汚れてしまっている娘達が遊んでいたオモチャをゴミ出しで出したんです。

そして、ゴミ出しの後お風呂に入っている時にゴミ出しで出したオモチャのことがふと頭に浮かんだら居ても立ってもいられなくなり、お風呂に入ったばかりでしたが、お風呂を飛び出して最低限の服を着てゴミ置き場に走り、そのオモチャを回収してきました。

回収してきたオモチャを握りしめて再びお風呂に入っている時に、そのオモチャで一緒に遊んでいた時のことを思い出し、不覚にも泣いてしまいました。

妻と子ども達が出て行ったことについて、裏切られたという気持ちから、怒りの感情はあっても自分が傷ついているなんて思ってもいませんでした。しかし、自分では気が付かないうちに深く傷ついていたのかもしれません。

妻に対する愛情は完全に冷め切っていて、憎しみとも言える思いしかありません。しかし、子ども達に対しては喪失感があるのは否めません。楽しかったあの頃のことが色々と思い出されて、何とも切ない気持ちになります。

こんな気持ちに揺れ動いている間は、自分からは動かず流れに任せて、人生の休憩時間と思って穏やかに過ごしていこうと思います。

そこまでするか!?

これを書いているのは2016年6月29日(水)。妻と娘達が家を出て行ってから3週間が過ぎた。もう妻のことはどーでもよい。娘達に対する気持ちまで完全に冷めてしまったかと言えば嘘になる。しかし、娘達はそんな気持ちを打ち砕くようなことをしてくれている。

娘達のFacebookやTwitterから私はブロックされていることが判明した。特に次女は、家を出て行く2日前まで弁当を作り、家を出て行く前日まで一緒に晩ご飯を食べ、家を出て行く当日の朝まで一緒に朝ご飯を食べて、機嫌よくアルバイトに送り出したのに、この仕打ちはどういうことだろうか。

次女は今どう思っているのだろうか?

あれは演技だったのか!?

あまりにも酷すぎやしないか!?

父親がそんなに憎いのか!?

これじゃあ、完全無欠の計画的裏切りじゃないか!?

完全に騙された!!!

怒りの感情が沸々と湧き上がると同時に激しく落ち込む自分に気が付きます。